2013.06.23|Sun|

タイトルはあとで考える

結婚式の写真をうけとりに学士会館に行って、さぼうるでナポリタン山に登山して、竹尾の見本帳が休みで、千代田アーツ3331に移転したマキファインアーツいって、帰郷というハロルド・ピンター作の演劇をシアター風姿花伝でみた。
今日はそんな一日。

なにについて、つらつらと書きとめようかな。

帰郷についてにしよう。

ハロルド・ピンターは不条理演劇の有名な人らしいんだけど、見る前に知識のない僕は、わりとアットホームな演劇を想像して劇場に入ったの。

とても作り込まれた舞台美術で、
具象と抽象とが溶け合った立派な空間に心はわくわく。
プロセミアムではなく、対面のようなんだけど客席のセンターにも花道のように階段がある、意図のある美術だな、と思った。

アメリカ帰りの演出家さんで、新劇系の役者さんが出演していたのもあって、きっとコンセプチュアルな演出で、演技は関係性を大切にしているような、ストレートプレイだろうと予想してた。

そのつもりでみてたら、
登場人物がどんどん変なことになり、物語も捻れ、なにをどんな風に誰を頼りにみたらいいのかまったくわからなくなっていった。

真面目な演技、ずれてく関係、笑いもおこり、人としてありえないシチュエーション、でも、真面目な演技、これは、もはやおれの知ってる見方でみたらダメなのかも!と思いながら、見方を探り探りで最後までみた。

お話は、そのまま素直に受け取ったら、もうそれはそれは気持ち悪くて、おれの嫌いな部類の人間の欲と業みたいなものが渦巻く、関係や環境によって人が影響を受け、正しいことが捻れまくり、みんな本音を言ってるんだか隠してるんだかわからなくて欲丸裸、しかも今回は家族の話だからルーツがそこにあることに無邪気だったり否定的だったり挑戦的だったり、もう胃がむかむか。

その時に、舞台作品をみてる僕としては
笑うのか笑わないのか、
気持ち悪いと思いつづけるのか、気持ち悪さを別の角度で面白がるのか、ずーっと迷ってた。

結局自分でそれを決めきれず、戸惑いだけの二時間を過ごしたわけ。

そのあと、アフタートークで、
出演者と演出家、あとお客さんとして来ていた女優さんが作品について話をしたのね。

そこで語られる内容は、
みんなただただ素直な言葉で。

この作品が良いのか悪いのかなんて、私たちは決めつけない、ただ私はこう思うんだ。こんな風なことを信じてます。
そんな会話でした。

それを聞いていて、
あ!おれもそう思ってたんだ〜
え、そうだったのか、、、
とか様々な共感をしたんですが、
その時に、うわわわわ、自分はただただ不安だったんだなと思った。

自分が思ったことや感じたことがあってるぜ!間違ってたぜ!
みたいな、だからなんなの?的なよくわからないその感じに終始してたのだなと。

きっとね、心の奥ではあるんだよね。自分の意見。好きか嫌いかみたいな事だけでもきっとある。

それにもう少し素直になーろおっと。


あと、そうだ。
僕が演劇をみにいって、なんかしら感銘を受けたり刺激を持ち帰れる作品に共通しているのが、
これどうしてこうみんなの中で作れたんだろ、複数人の人がいるのにどうしてこんなことができたんだろとか、グループワークが垣間見れて僕の中で作り方が想像できなかったり、この積み上げ方はスゴイな、と思ったつてことなんです。
先日みたカスガイもそう。

観劇後、出演者の方や今日みにきた演出家をされてる方と少しお酒を飲んだんだけど、そのときに、
ピンターの作品は、間や沈黙が明確に描かれてるから、どうしても演出家と出演者が作品について密接に語り合わなければならなくなる、と聞いて、
うわー、楽しそう、と思ったし、今回の舞台をみていて気持ち悪いけどどうしてもヤダなと思い切れず、なんか嫌じゃないんだよ、面白いんだよなあーってモヤモヤしてた理由はこれか!と思って、
僕が昔演劇をしていた理由や、演劇から学んだことを再確認して、ある意味僕の帰郷でした。チャンチャン。








posted by 610451 at 01:09 | Comment(0) | 日々の、 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。